ヨリを戻す

 復縁を表す言葉は世の中にたくさんあって「ヨリを戻す」が直近で聞いた言葉だ。私はこのヨリを戻すという言葉がどうも嫌いらしい。「切れていた縁が再び繋がること」をヨリを戻すだとか元のサヤに収まると表現することは週刊誌でも定着してるし私達の身の周りでも転がっていたりする。

 切れていた縁を再び繋げるを脳内でイメージすると私は切れた糸同士を結びつけて繋げてるようなものが浮かぶ。それは果たして元通りなんだろうか。綺麗な1本の糸ではなく結び目がある糸になったとき、その縁は本当に綺麗なのかな。

 人間の関係は一度崩れると元通りになんてならない。その崩れた関係の上に新しい関係を積み上げていくのだと思う。崩れたことはなかったことになんてできないんだよ。接着剤でくっつけたお茶碗だって接着剤ついてるから元通りじゃないんだ。人間関係だったらそこに月日まで加わる。月日の情報量はとてつもなくて、過ぎ去っていった日々の一秒一秒に感情が宿ってるんだもの。

 元恋人から「ヨリを戻せないかな」と言われた。私は断った。元通りなんてないんだよ。彼が彼女と別れてないとかそんなことさておきだ。だってそれでも手に入れる自信と負けない気持ちがあったから。付き合うことになったら絶対にモノにできるという確信があった。やっとのことで言わせた復縁に向かう言葉なのに私は即答で「ごめん、できない」と言っていた。おかしいな、好きだったはずなのに。

 気持ちというのはどうしようもなくて彼を嫌いになることはできなかった。じゃあ好きなの?ときかれると「好きだった」がベストアンサー。彼に対する気持ちはどうやら動けなくなったらしい。嫌いにはなれないし好きにもなれない。つまり終わってたんだと思う。崩れた私達の関係は「彼は恋人と別れていないが復縁したい。しかし、私が彼のことを好きにも嫌いにもなれない。」で完結したのかもしれない。あーあ、本当に大好きだったのに。完結した人間関係には上乗せもできない。元通りも何もあったもんじゃない。重ねてきた気持ちを元通りにするなんて今まで重ねてきた私の気持ちを軽く見ないでちょうだい!って思った。続編なんて作り出せないや。元恋人は元恋人のまんまで終わります。だから幸せになってなんて思わないけど生活はこれからも交わらないよ。本当に大好きだった。