気づいたこと

 明けましておめでとうございます。2017年になっちゃいましたね。今年も仮に辛いことがあってもそれを上回るくらいの幸せが皆々様に訪れますように(人ˇωˇ )

 初売りに行ってきた。ぼーっと特に買いたいものがあるわけでもなくてお店をぷらぷら回って服を少し買って、本も買えて満足。家に帰って服をクローゼットに片付けてる中でふと思った。

 

「あれ、なんで私は新しく買った服をビニール袋にいれて紙袋に入れてるんだろう。」と。

 

 すぐに気づいたけどこれって元恋人が猫アレルギーだからじゃん…毛がつくのを最小限に抑えたくてやってたの、これ癖になってたのか…自分でも引いたし少しだけ落ち込んでしまった。これからも不定期にそーゆー変なところに気づくんだろうなぁと思うと元恋人に対するいらだちが膨らんでしまいそうだ。癖にしたのは自分だから恨むなら自分なんだけど。

やめました。

 もう会うのやめました。合わせる顔が私にはありません。勝手に思い上がってた感が否めない。逃げたなヘタレと言われても会えないです。すごく会いたくない。会ってくれない可能性も高いんだけど。

 部活大嫌い。あの団体を見ると心の底から嫌になるし、お米ちゃんも嫌。全部嫌になる。会うのやっぱり無理かも〜とか言われるよりもう時間作らなくていいよ。って私から宣言して勝ち逃げしたいんです。違いますね、敗北宣言を出すんです。あーあ、また気づくまで馬鹿みたいに時間とっちゃったよ。9ヶ月…、年内に言うんだから良しとしよう。

 別枠で会ってる後輩たちとカラオケにいて、今みんな寝てるんだけど眠れなくてずっと起きててこれ書いてる。泣きそうだけどハンカチは遠いし堪えろって自分に怒ってる。

昨日のイメトレ

 「私じゃダメですか?」と訊かなきゃいけないという結論に至った。こんにちは、れむです。

 私とお米ちゃんこと元彼の関係性は元恋人同士だ。でもお米ちゃんにはかれこれ2年以上交際してる彼女がいる。私は彼と別れた数年の間に3人ほどお付き合いはしたが今は誰ともお付き合いしていない。今年と3月に連絡が来るまで一切の連絡を絶っていたし、彼がくる飲み会などは「燃えるゴミの日だからいかない」とかいうクソのような理由で欠席してた。連絡が来て3月に会って思ったことはたくさんあるけれど、私はまだどうやらお米ちゃんのことが好きらしい。

 その好きもどうなのか怪しい。付き合っていたときの幸せに依存したいのではないか?と自分でも思うし友達から指摘されて図星だった。そこで今の私とお米ちゃんの関係だ。

「浮気《名ノナ》心がうわついて変わりやすいこと。一人の異性だけを愛さず、あの人この人と心を移すこと。」

 愛されてるかはさておき、浮気なんじゃないだろうか。少なくとも私は好意を持ってる。彼にとっても彼女にとっても迷惑だろう。恋愛は自由、感情はどうしようもない。そんなのは言いわけでしかない。自分を正当化するための都合のいい言葉だ。2人が幸せにしてる中の私はイレギュラーな存在で邪魔でしかないと思う。障害物だ。それも障害物走で嫌われる水溜りのような存在だと思う。もし私が彼女で今のような状況を知ったら気が気じゃなくてぶっ倒れるかお米ちゃんを締め上げてる。

 長々と書いてるけど私はもう疲れた。2年半以上の時間を費やしてダイエットに挑戦し、外見を磨くようにお化粧や服の勉強もした。それでもまぁ人並みになれたくらい。見聞を広めるためにたくさん講義を受けてボランティアに行って、教育実習にもソーシャルワーク実習にも行った。それで得たものは就職したい職業と数少ない仲良しな友達だ。お米ちゃんと会って「綺麗になった」と言われてこの上ないくらい嬉しくて頭がぶっ飛びそうだった。でも、求めてたのは言葉じゃなかったっていつも思う。頑張ったってお米ちゃんは戻ってこなかったし、関係は戻ることなくて今までの関係性に新しい関係を積み重ねただけだ。それですら喜んでる私はどれだけお気楽なんだ。

 「私じゃダメなん?」よし、会ったら訊くしかない。ちゃんと目を見て言おう。ダメって言われるだろうし、そうだったらちゃんと会わないように離れよう。そこまで考えたけど気づいたら泣いてた。あー、こんなので言えるんだろうか。でもどこかで切らないとダメなんだよ。

クリスマスに思うこと

 プレゼントを可愛く渡せる人間になりたい。こんばんは、れむです。クリスマスイブでしたね。そしてクリスマスです。いかがお過ごしだろうか、そしてどんなご予定を控えてるだろうか。

 クリスマス、バレンタイン、誕生日…人に贈り物をする機会は多々ある。もらうこともあるけれど。いつも思うのは私のプレゼントの渡し方がひどいということだ。性格的に恥ずかしがりではあるけど、そのせいなのか相手にうまく渡すことができない。友人に対する誕生日プレゼントですら「ん!!…ん!!!」と言いながら肩にグイグイ押し付ける。さながらトトロのかんただ。それでも高校生の頃より進歩はしてるはず。高校生のときは相手に向かってぶん投げるというアグレッシブさがあった。

 昨日もバイト先の男子にクリスマスのチョコをあげようとしてたんだけど、脳内で入念にシュミレーションしたのに「あーこれ、クリスマス的なアレ。ほいじゃ、まったねー(^o^)ノ 」って言いながら片手でぬぅっと渡してしまった。確か昨年もこんな感じだった気がする。いつになったらもう少しまともな渡し方できるようになるんだろう…

走ること

 ランニングを始めたのは単純に太ったからだった。高3の私は受験シーズンでものは食べてないにしても運動してないから人生で最も太った時期を迎えてしまっていた。体脂肪率25%を見た瞬間に「体の4分の1が脂肪…!!!!!」って絶句したのは今でも覚えてる。

 太ったから痩せたいっていうのもあったけれどやっぱり1番はお米ちゃんかもしれない。受験シーズンに1つ年下のクソデブは浮気をしてたんだけど、それが彼の同級生だった。自信がない私は何をしたら勝てるかというのを考えて「年上だからお姉さんっぽくなりたいかな。」という結論を出した。高校生と卒業した私の違いを逆手に取ってやろうって。

 でも途中で匙投げちゃって走るのもやめたりした。いくら痩せたとて頻繁に会えるわけでもなかったし。別れたときは3ヶ月くらい全く運動しなくなってた。

 そんな生活でふと思った。同じ県内に住んでる限りどこかでばったりすることもあるのではないかと。そう考えると( ˘ω˘).oO(…やばいやばいやばい、少しでもアップグレードしてないと負けた気になる!!!!)ってなってジムに行き始めてはや3年5ヶ月になった。

 つきまといおっさんがいたり、おじいちゃんおばあちゃんからお菓子いただいたりと利用者さんからは可愛がってもらえてる。つきまといおじさんは許さん。走ることへのモチベーションも上げてもらえるし本当にありがたい。私がしてることは自己満足に過ぎないんだろうと思ってしんどい時期もあったけどこれからも続けるんだろうなぁと思う。

嫌いなもの

 嫌いなものはそんなになくて「好き」と「そうでもない」で何に対しても感覚が構成されてた私だけど、この数年間の間で嫌いなものがたくさんになった。

 1つ目がカメラ。どうしてもあれを向けられると顔が強張ってしまう。仲がいい人がいればいいんだけど、そうでない時の顔は見れたもんじゃない。

 2つ目は雑貨屋の腕時計。似たりよったりのデザインで周りの人たちが腕につけてる。特に見やすいというわけでもなく無難なデザインの腕時計。好きになれない。

 3つ目は嫌いなものを増やし過ぎた自分。この嫌いなものってのは自分で増やしてしまったんだと思う。嫌いなものを嫌うのには理由があるけどその理由ですらこじつけな気がする。明確な理由は1つしかないんだけどその理由がワガママ過ぎて嫌になる。

ボカロと不安

 中学生のとき、たぶんめざましテレビだったと思う。テレビで初めて初音ミクを観ての感想は「なんだこれ、髪の長さすごい。小顔。絵面は可愛いけれど声が苦手かもしれない…。」だった。付き合ってた人(お米ちゃん)はボカロ好きだったけれど別に私が好きになる必要もないと思ってたし無理に聴くものでもないって言われてたからあまり聴くことはなかった。

 なんで好きになったか。あっさり言うとお米ちゃんと別れたあとにBUMP OF CHICKENが聴けなくなってたからだと思う。米津玄師も聴けなくなったし相対性理論も聴けなくなった。たぶん高校生のときに聴いてた音楽はほぼ受け付けなくなってたんだろう。イヤホンを耳にさす、そこから音楽が流れてくる。その声を聴くだけで吐き気がして気持ち悪くてWALKMANは何回もぶん投げた。

 新しい音楽に手を出したくて聴きはじめたボーカロイド。初めて聴いたのはやっぱりハチの曲だったと思う。思っていたより抵抗はなかった。ピノキオピーとナユタン星人も最近は好き。BUMPはRAYを予約しててWILLPOLISに行くことも決まってからやっと聴けるようになった。それでも好きゆえにまだ聴きたくなくなることもある。お米ちゃんと別れて好きだったものが減って嫌いなものはたくさんになってしまった。それでも捨てきれないものは多くて代表格はBUMP OF CHICKENだと思う。

 でもときどき不安になる。結局、お米ちゃんが好きだったボーカロイドに手を出してしまったわけだ。これって好きな人の好きなものを好きになるの法則じゃね?ってなったりする。